街を抜けて、深い森の道をずっとたどっていくと在ると言われる伝説の泉――。
その泉には守護精霊がいて、もう数千年の間その泉を守っているという。
「本当にあったんだな。」
祐也は泉の前で立ちつくしていた。
伝説なんて最初っから嘘だと決めつけていただけにショックは大きかった。
偶然、街に吹いていたビル風にハンカチを飛ばされて。あちこち探しているうちにハンカチを見つけ…。
「本当にあったんだ…。」
もう一度呟いた。目の前にある、美しい石に囲まれた池の真ん中、ただ滾々と湧き出てくる清らかな水。
『旅の御方、ようこそいらっしゃいました。』
背後から、水のように透き通った声が聞こえた。流れるように美しい女性の声。
祐也がびっくりして振り向くと、一人の妖精がいた。
背は祐也の手ほどしかなく、その身体には純白の羽が一対。
その妖精の放つ優雅さと荘厳さを併せ持った雰囲気は、祐也の目を一瞬で釘付けにした。
『ここは世界の森羅万象全てを司る泉の地…
それ以上でもそれ以下でもないわ。…貴方は此処へ何を求めてきたのかしら?』
「お、俺は別に何も…!ただ風にハンカチを飛ばされて、見つけたらこんな所にいただけで…。」
『そう…?』
妖精は不思議そうに首を傾げた。さらさらの銀色の髪がそれにあわせて揺れる。
「おぅ。俺は何かを求めて此処に来た訳じゃないんだ。
…でも、此処が本当にあの伝説の泉なんだよな?」
『そうね。…本当ならばこの地は人間も彼らのように簡単にやってくることができるのに…
今ではすっかり寄りつかなくなってしまったけれど。』
やってきた子リスの親子を見つめながら、彼女は憂いを含んだ声で言った。
『人はもう父なる神に教えを請い、母なる大地にその身を委ねることをしなくなってしまったから…。』
「ということは…何で俺は此処に来られたわけ?俺だって並みの人間だよ?」
『…何故でしょうね。それは私にも分からないわ。
きっと父なる神の御計画によるものね。人々にもう一度《真の父母》を思い出してもらうためか、
あるいはもっと他の目的かも知れないけれど。』
「ふぅん。」
祐也には何がなんだかよく分からなかった。
「でも君たちってある意味すごいね。なんでもみんな神様や自然に自分を委ねられる…。」
『そぅ?そんなにすごいことではないと思うけれど。
神は全てを見通せる方だから、自分もそれに従っていればまず間違いないと思うから全てを委ねられるの。
…私には人間が何故神や、科学で証明し得ないもののことを信じられないかの方が不思議ね。』
妖精はそういうと、空を仰いだ。雲が白くきらりと光る。
『ねぇ、私からの願いを聞いてもらえるかしら?』
しばらくの静寂の後、不意に妖精の方が口を開いた。
「何?そんなにたいそうなことは叶えてあげられないけど。」
『そぅ?さほど大変ではないつもりよ。』
妖精が微苦笑を浮かべた。
『そうね、貴方の仲間だけでもいいわ。身近にいる人がもしも神や人智を超えた現象の存在を
あまりにも忘れて人間であることを奢っていたら、思い出させてあげて欲しいの。
その中にこそ、人間だけでなく生きとし生けるもの達の大切なものがあるのだから…。』
柔らかい笑みを浮かべて、引き受けてくれるかしら、と確かめてくる。
祐也は言葉を返そうとして……
――そこで祐也は目が覚めた。
辺りを見回すとそこは見慣れた自分の部屋。いつもの自分のベットで寝ていた。
枕元の時計が朝の到来を告げている。
「なんだ…夢かぁー…。」
言いようのない脱力感。はあぁーと深いため息が出る。
(なんか、子どもの頃によくみたような夢だったなー。ま、たまにはこんなのもいいか。それにしても…)
祐也は先程の夢の終わりを思い出してみた。
神や人智を超えた現象を信じる者など、今どれ程いるのだろうか。
けれどあの妖精が言うように、簡単に忘れていいものでもないような気もしなくはない。
まぁ…よくは分からないけれど。
「ったく、本当に不思議な夢を見たもんだよ。」
祐也は苦笑した。
妖精が守っているという伝説の泉は、今日も滾々と湧き続けている。
いろいろな生き物と共に、人間が再び戻ってくる日を待ちながら……。
Fin...