『大いなる災い』との戦争

冬の朝は遅い。
寒さにかじかむ手を吐息で温めてさすりながら、私はまりあさんのお部屋の入り口に立っていました。

「……さ、行こうか、泰花。」
「……はい、まりあさん。」

後ろで鍵を閉める音が聞こえ、振り向くと片手に大きなバッグを提げたまりあさんの姿。
これがただの行楽の旅行であったならどれ程良かった事でしょう……。

「良い?泰花。あなたはまだ能力者として未熟だわ。私も、能力者の背後を務める者として未熟。だから、お互いに無理は禁物よ。必ず、生きて帰りましょうね。あなたを待つ方々の為にも、あなたが待つ方の為にも。」
「はい。わかっております。」
「……こういう時の泰花の『わかってる』はちょっと不安だからなぁ…。」

私の返事に僅かに苦笑を滲ませ、まりあさんが微笑みます。
私は少し肩をすくめてみせるものの、反論はできません。ゴーストタウン探索のお話をする度、まりあさんは『無茶するねぇ……。』と苦笑しておりましたし、私自身、特にここ最近は僅かでも強くなりたいと、必死で鍛錬に取り組んでおりましたから無茶もたくさん致しました。

伊豆半島で迎え撃つのは、妖狐という来訪者一族と共にやってくる、『大いなる災い』と呼ばれる麒麟型の巨大ゴースト。また、敵か味方か判断しかねる対ゴースト勢力である「ゴーストチェイサー」達とも対峙することになるかもしれません。
この度の私は「Caster(キャスター)」というポジションにつき、後衛として回復と援護射撃を中心として参戦する作戦となっております。
学園編入当時より幾分鍛えて参ったとは申せどもまだまだ戦力としては取るに足らぬ小さな私……。
この度の戦いでは、どれ程皆さんのお役に立てるのか……。

「――…か、や・す・か!」
「あっ、は、はいっ!」
「もぅ……ボーっとしてると電車乗りそびれるわよ?」
「申し訳ございません……。」
「……ふふっ、まったくもぅ。」

まりあさんにまたしても苦笑いされてしまいました。考え事をしていて呼ばれていた事に気がつかなかったなんて……。ふと視線を上げれば、駅のホームに丁度電車が滑り込むように入ってきたところでした。
これからいよいよ、まだ夜明けも迎えぬ静岡の街を、伊豆半島石廊崎へと向かいます。


          *          *

「おかえりっ、泰花!」
「はい、ただ今戻りました。」
「このターンも重傷は負わなかったのね、良かったわ。」
「あの、何方か私の知人に重傷を負われた方は……!?」
「……先に、ポジションへ向かって次のターンの作戦を確認してらっしゃい。その間に情報をを集めておくわ。…あ、それと、はいこれ。さっきのターンの他の戦場の戦況報告よ。」
「ありがとうございます……行って参ります。」

戦場から帰ってすぐ、私はトンボ帰りのように所属ポジションの場所へと向かいます。救護所の隅でインターネットを駆使して情報収集をして下さっているまりあさんとも落ち着いて話をしている余裕はありません。手渡された印刷物を受け取るとお礼もそこそこに駆け出しました。

「……まったく、あの子に今言えるわけ無いじゃない。門丘さん(b40739)とその彼女さん、それに“漆黒の剣聖”の方が重傷だなんて…。あの子、戦いどころじゃなくなっちゃうもの。」

駆け去る私の後から――本当に微かな、聞き慣れた声が、聞こえました……。


          *          *

そして私が学園の授業へ戻れたのは、その翌々日の事でした。
決戦は学園の勝利、多大な犠牲を払いながらも『大いなる災い』を打ち破り、下宿へは翌日のうちに戻ったのですが……とてもとても、普通の学生を演じられる気力は残っておりませんでした。

『ポジションに所属し、事前の作戦立案から事後の反省まで積極的に参加できたんだから、十分頑張ったわよ。それに、戦力としてだって役立ったんじゃないのかしら?重傷を負うことなく、またあなたの知人友人にも亡くなった方は出なかったのだから……。』

下宿の部屋で一人呆けていると、終戦後、戦勝と死傷者の報告を伝えるなりそのまま泣き崩れてしまった私をなだめてくれたまりあさんの言葉が思い出されます。

『泰花はまだ強くなれる。そしてきっと決戦はまだまだあって、これからもいっぱい悲しい思いをするんだと思う。でも、その度にきっと、絶対能力者としての実力以外の意味でも、あなたはきっと強くなっていけるから……だから、大丈夫。今は、ゆっくり休んで。』

『泰花の事は任せて下さいって、私もあなたのご家族の前で宣言した身だからね。あなたが頑張っていく意志を持ち続ける限り、全力で支援するから……ほら、情報収集なら任せなさいって言ったでしょ?必要な事があったら何でも聞いてね。上を目指すお手伝い、精一杯やらせてもらうから。』

「……能力者としての、強さ…それ以外の、強さ……。私は、何の為に能力者として……?」

虚空に呟いてみても、答えなんて返ってこないと知りながら。
それでも、言葉は言霊と音霊の力を持つが故でしょうか。不意に、答えを見つけたような気がしました。

(「……嗚呼、私は、能力者として……何かを護る為の強さを……何か、これから出逢って見つけていく、大切な何かを護る為の、屈強な盾となる為の力を……。」)

握り締めた小さな掌に一粒、何かが落ちたのを感じました。
窓の外遠く、悼みの夜闇を切り裂くように、金色の光が空を滑り流れて――。

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あとがき。
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月城まりあ 今回のお話は、やっぱりちょっと長くなりました。2009年2月8日に行われた伊豆半島での『大いなる災い』との決戦は、私も今尚鮮やかに覚えています。
今でこそ気魄攻撃の要は魔剣士のアビリティを使っている泰花ですが、この当時はまだ青龍拳士だったんですよね。で、レベルも低いしガンナイフを重宝していたこともあって、キャスターポジションに所属して、術式・神秘重視で後衛からの援護中心の戦い方で。
この決戦を機に、ジョブチェンジを考え始めて、最終的に魔剣士になったんだったなぁ……。

いろいろと懐かしく、思い出深い一戦です。

戦場となった伊豆半島も、私の実家から程近い(フェリーで僅か65分!)場所でしたしね。
あれで学園側が負けてたら私今頃どうしてたんだろうね?なんて……(苦笑)

では、また次回作品でお会い致しましょう〜。
月城まりあでした。

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