最初の依頼 〜光の消ゆる前に〜

「リビングデッドが賛美歌っ!?」

夕食中、私の話を聴いていたまりあさんはとても驚いた様子をなさいました。
でも無理もありません。私も、初めは同じ心境でした。

それは、先日の教室での、お昼休みのことです――。

私はいつものように机にお弁当を広げて、テレビ放送を見ながら昼食をとっていました。
一般人の学生さんには退屈な放送にしか見えないこれは、私達能力者にとっては大切な情報源。
それ故、私も折を見てはチェックするように心がけております。
ただ、そうは申しましてもまだ編入直後で経験の浅い私には難しそうな事件ばかり……。
ところが、その日はどうしても看過できない事件の放送があったのでございます。

暗闇に沈む舞台。幽かな月明かりに照らされる、二つの幼い女児の影。
弾む声が交わす言葉は仄甘い夢のように愛らしく、あどけない歌声が健気に紡ぐのは美しい賛美歌の一節。

(『まぁ……素敵な歌。その、結衣さんという子はどんな歌声なのでしょう?』)

歌が好きな私は、それが能力者への事件報道だということも忘れて画面に見入りました。
そして、歌が紡がれるであろうと思っていた、結衣と呼ばれた少女の口から発せられたのは――生き血の要求。

(『ということは……結衣さんは、リリスか、リビングデッドだというのですか!?』)

何の躊躇いも無く自らを傷つけ、生き血を捧げる少女と、自らを慕う友人の血を見て恍惚の笑みを浮かべる少女。

そしてその日の放課後、私は美術室へも結社へも行かず、その事件を担当する運命予報士のもとを訪ねました。

          *          *

「……何とも悲しい事件ねぇ。音楽好きとしては、確かに放っておけない話よね。私じゃ、何もしてあげられないけれど。」

夕食を終えて食器を拭いていたまりあさんは、ため息混じりにそう呟きました。
まりあさんも、声楽科のような専門指導こそ受けていませんが大の歌好きな方で、大学でも混声合唱団に所属しています。それ故、なおのことこの事件のことが痛ましいのでしょう。

「それで、明後日の夜、その講堂へ出かけるのね。気をつけてね。」
「はい、ありがとうございます。頑張って参ります。」

まりあさんの微笑みに、私はしかと頷いて見せました。
初めての依頼、まだ至らぬ点の多い能力者といえど、精一杯の力を尽くしたい……改めてそう感じます。

出発は、明後日――2月10日、待ち合わせは21時に例の小学校。
それまでの時間は、あるようであまりありません。
これまでも能力者として引き受けた依頼について、同じ運命予報士の元へ集ったほかの能力者の方と放課後や空き時間を使って打ち合わせを進めて参りました。
ですが、個人として準備すべき道具や詠唱兵器がありますから、それを確認して揃えなければなりません。
さらに、学生として授業の課題や小テストなどもこなさなければなりません。一般人である先生に言い訳は通用しません故。

それから私はまりあさんにお断りして先に自室へ戻らせて頂くと、すぐに支度に取り掛かりました。

          *          *

初めての依頼は、切ない結末で終幕しました。
無事にリビングデッドの結衣さんを斃し、葵さんを救い出すことは出来ましたが……。

(「葵さん……今日はどうしていらっしゃるのかしら…?」)

依頼から一夜明けた今もなお、葵さんの慟哭が脳裏に焼きついて離れません。
親友の亡骸を前に、涙を流すことさえできず震えて立ち尽くす姿。
エーデルワイスを捧げながら紡がれた葬送の歌は、間もなく悲壮な絶叫に変わり……

「…………かど、おい、土御門!」
「あっ! は、はいっ!?」
「で、問題は聴いてたか?」
「……わかりません。申し訳ありません。」
「……。次はしっかり聴いているように。」
「はい…申し訳ありませんでした。」

うぅ……苦手な数学の授業だというのに、うっかりしてしまいました。
この様なことでは先が思いやられます……しっかりしなければなりませんね。
あるいは、今日は偽身符を使っておいて、しっかり休むべきだったのかも知れません。
こういう時、慣れていらっしゃる先輩能力者の皆さんは本当に凄いと思います。

それから放課後、私は改めて例の小学校へ赴きました。
小学校は、銀誓館学園から電車で東京駅まで行けばそう遠くない場所にあります。
校門近くまで来ると、講堂から生徒達の合唱が響いているのが聞こえてきました。
紡がれる歌詞は、あの時テレビ放送で聴いたのと同じ賛美歌のものです。

やがて合唱は澄んだ独唱へと変わり、西日に赤く染まる世界へ高らかに響き渡っていきます。

(「このパートを、本当は結衣さんが歌うはずだったのでしょう……。」)

目を伏せれば、テレビ放送で見たあの二人のあどけない談笑が鮮やかに蘇ります。
私はそのまま、暫し黙祷を捧げました。
この歌声が、天へ導かれた安らかなる魂へ届くように……。

(「そして葵さんが結衣さんと生きた物語を、この先もずっと、覚えていて下さいますように……。」)

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あとがき。
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死んでいく夜が明ければ、新しい朝が生まれてくる――。

こんにちは、初めての方は初めまして。月城まりあです。ヽ(*・ω・)ノ♪
前回の執筆から日にちがあいてしまいましたね。お待たせいたしました。
実は2月28日に下宿していた部屋を引き払い、実家へ戻ってきまして、
未だにその大荷物の片付けに追われているのです。
でもぶっ通しでの作業はくたびれる! ということで、一休みして執筆しました。

今回は初めての依頼シナリオ「光の消ゆる前に」のサイドストーリーを書くということに挑んだわけですが、思いのほか場面転換の仕方に悩みました。
書きたい場面はたくさんあっても、全部書こうとするとお話にならないので、取捨選択して繋げ方も試行錯誤して。
そうして何とか、一つのお話に仕上がったかな? ということで公開です。

作中で泰花が触れているとおり、私も歌は大好きです。一人で歌うのも勿論言うまでもないのですが、合唱も大好き。
大学の混声合唱団で2ndソプラノに属し、全国大会準優勝したのも良い思い出。中学でも賛美歌のひとつである「大地讃頌」を合唱しました。
今も合唱用の譜面がいくつも自室にあります。歌いたくてしょうがない!

……私が仮に能力者だったら間違いなく本業はフリッカースペードを選んだだろうなぁ。

          *          *

今回の依頼シナリオ「光の消ゆる前に」は、プレイヤー視点からお話しても、やっぱり看過できないオープニングだったから予約した、というお話になります。

少し湿ったお話になってしまうのですが、実は中学時代に「大地讃頌」を合唱した時、その指導をしてくださったのが当時の校長先生でした。
その先生は音楽科の教師だっただけではなく殊に声楽については本っ当に情熱的な人で、歌好きの私としても尊敬する恩師だったのです。だから指揮を執ってもらえるときはいつもすごく楽しみでしたね。
ところが私が高校2年になった冬のこと。とある不運な事件に巻き込まれた先生は、ある日突然、自殺してしまいました。

それが、この度の結衣さんと葵さんの姿に重なって見えたのです。
それで、「(´・ω・)……やー、なんか放っとけないなぁ。フィクションと分かっちゃいるけど。」……と。

          *          *

さて、次は泰花の新しい寮「桜咲荘」のことか、2月8日に行われた『大いなる災い』との戦争について書くつもりでいます。どっちが先になるかは分かりませんが(汗)
…というのも、この依頼シナリオと結社「桜咲荘」への入団と『大いなる災い』との戦争って、ほとんど同時期に起きていることなので、時間の流れ順に書いていくにはどうしたものか〜、と悩むのですよ。
また片付けや入社前研修の合間に書いていくので、気長にお待ち下さい。m(_ _)m

ではでは、最後までお付き合い下さりありがとうございました。
月城まりあでした〜。

――其処に“物語”は在るのかしら?(’’

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