序 ある冬の日のこと

――それは、思いがけない出会いでした。
でも…思えばこの出会いがあったからこそ、今の私がいるのです。

それはとても寒くて、大変静かな冬の日でした――。

「お嬢様、お客様がお見えです。」
「はい、ただいま。」

ここは静岡県の某所にある私の実家のお屋敷、土御門殿。
我が一族はその名の通り、安倍晴明で有名なあの安倍家の血を引く一族です。
とはいえ、陰陽道が社会の表舞台から去って長い年月が経ち、今となってはもう数えるほどしか子孫が残っていません。
我が家は、そんな僅かな土御門一族のうちのひとつなのです。

さて、女中に呼ばれた私はそれまで読んでいた本を閉じて元に戻すと、立ち上がって自室を出ました。
昔ながらの作りになっている我が家は広く、冬はとても冷えます。
ですから私としてはこの家にお客さんをお招きするのは、冬だけはどうも気が乗りません。
冷えてしまう手をこすり合わせながら足早に廊下を抜け、客間へと向かいます。

襖を開けて頂くと、そこには既に私の両親とお客様がお見えでした。

「ただいま参りました。」
「入りなさい。」
「はい…失礼致します。」

父に促され、私は一礼してから部屋へと入ります。
それから、父の左隣に用意されていた座布団の上に正座すると、丁度お客様と向かい合って座る形となりました。
本日お越し下さったお客様というのは、若い女性の方でした。
皆和装であるのが標準の我が家では珍しい洋装――白茶色のパンツスタイルに紺地に花柄を散らしたトップス、その中にタートルネックのカットソー、その他は特に装飾品はつけていないようです――をしていらっしゃいました。
事前にお伺いした話によれば私よりも6歳年上の方で、御年22歳の大学4年生、そしてかの武将・武田家と斉藤家――それぞれ、武田信玄と斉藤道三が有名でございましょう――の血を引くの家の長女なのだそうです。
でもこうして実際に対面してみると、予想していた人柄よりも、もっと柔らかい雰囲気をお持ちの方でした。

「はじめまして。月城まりあと申します。…あなたが泰花さんね。」
「はい。こちらこそ初めまして。寒い中、ようこそお越しくださいました。」
「あらあら、ありがとうございます。でも、そんなに緊張しないで。」

私が着席してから一呼吸置いたほどのタイミングで、彼女は軽く一礼すると微笑みながら話しかけてきました。
ゆっくり、しっかりした話し方をなさりながらもどこかほっとする雰囲気を持ったそのお声に、私もいつの間にか張り詰めていた気持ちをふっと和らげることが出来ました。

「泰花、先日も話したとおり、この方がこれからお前を支えて下さる方だ。銀誓館学園の在学中のみならずその後も『能力者』として活動をする限り、長くお世話になるだろう。」
「はい。」
「私に出来ることがあれば、いつでも頼ってね。春からは私も就職しちゃうから少し慌しくなるけど、出来るだけあなたの力になるわ。」
「ありがとうございます。」

彼女――月城まりあという女性は、以前から我が家と交流のあるお家の方です。
ですから私も時折お姿を拝見することがございました。
それでも、面と向かってお話しするのは今日が初めて。
そして、これからは……私がこの家を離れて銀誓館学園に通うことになってからは、彼女が私を支えてくださることになったのです。

「世界結界」や「シルバーレイン」、「能力者」などについては、以前から少しずつ耳にして参りました。
わが一族は永き「忘却期」の間も陰陽道として符術を代々伝えてきた一族です。
それ故、ゴーストや銀誓館学園などの情報も、一族の当主である私の両親の元へだけは、密やかながら齎されておりました。
それでも、両親にとって私が我が家ではじめての「能力者」であることは、中々信じ難いものがあったようです。
そしてやっと、高校一年も終わろうとする冬に銀誓館学園への転入が決まり、今のこの状況に至っているのです。
ちなみに彼女がどのようにして銀誓館学園や能力者のことを受け入れられたのかは、存じ上げません。
でもこれからお世話になるうちに、いつかお伺いできることもあるのでしょう。
それにもとより我が家と交流のあった方ですから、以前からご存知だったとしても不思議はありません。

それから、私達4人は暫く事務的なお話――編入手続きのことや、能力者としての活動のこと、必要経費の手続き等の難しいお話です――をした後、両親の配慮で私と彼女だけで話す時間を頂きました。
客間の机を挟んで二人だけになってみると、何だか再び緊張してしまいます。
彼女はそんな私の心中を察したのか、にこやかに話しかけてくださいました。

「今まであんまりお話したことは無かったものね、緊張するわよね。でも、友達か姉妹だと思って接してくれればいいのよ。これからは二人で一緒に何かすることが増えるんだもの。」
「はい…ありがとうございます。」
「ふふっ、いえいえ。それじゃあ…そうね、『泰花さん』だとちょっと他人行儀だし、これからはお互いに名前で呼ばない?どうかな?」

屈託の無い笑顔で、ことんと首を傾げてそう尋ねてくる彼女に、私はすぐには答えることが出来ませんでした。
これからは名前で呼び合うということ――「土御門泰花」と「月城まりあ」ではなく、「泰花」と「まりあ」と呼び合うということ――は、兄弟姉妹のいない私にとってはとても新鮮なことだったからです。
でもそれは決して不快なものではありませんでした。

「はい…よろしくお願いします。」
「よし、わかりました!じゃあ…泰花はこれからは困ったり悩んだり必要なものが出来たりしたら、遠慮なく言ってね。それから、気に入った寮を見つけるまでは暫く私の部屋から通うといいわ。いまは大学の傍のアパートに下宿しているんだけど、きっとこのお家から通うよりはまだ交通の便がいいはずだから。」
「ありがとうございます。それでは…早速ひとつお願いをしてもよろしいですか?」
「もっちろん!」

私が逡巡の後、思い切ってお願いをしたいということを告げても、彼女は全く変わらぬ明るい様子で即答して下さいました。
何だか、私が思っていたよりも遙かに話しやすそうな方でほっとします。

「で、どんなことかな?」
「はい。実は私は、この一族で初めての『能力者』だと言われて、銀誓館学園にも能力者として活動することで、同時に没落してしまっている我ら土御門一族の復興を、と考えて編入を決めたのですが……。」

言いかけて、私はそこで俯いてしまいました。
やはり、今更ここまで来て、それも彼女に不安だ等と告げても、ただ困らせるだけなのは目に見えていること。
私はつい口にしてしまった自分を内心で恥じました。
しかし、彼女の反応は私の予想を全く裏切るものでした。

「うふふふふ、そうよね!いきなり『能力者』だとか何だとか言われたって、不安にもなるよね!だーいじょうぶ、だいじょうぶ!実は私の友人にも銀誓館学園の学生さんの背後を務めている子がいるのよ。それじゃあ、泰花が学園に編入する当日までに、私からその子を通して泰花のことを伝えておくわ。確か同い年の女の子だったから、会えばきっとすぐ打ち解けられるわよ。」

ころころと軽やかな笑い声を立てて、全く大したことではないかのようにそう話す彼女に、私は暫く呆けてしまいました。

「あ、あの…?」
「いいのよ泰花。不安になることは悪いことじゃないわ、当然のことよ。だから、不安に思うことがあったら溜め込まないうちに話してね。私だって銀誓館学園や能力者のこととかはまだよく知らないことのほうが多いけれど、情報収集は人並みよりは多少得意だから任せて!」
「……はい、ありがとうございます。」
「…良かった、泰花が笑ってくれて。それじゃあ、これから改めてよろしくね。」
「はい!」

――これが、私と私の背後者・月城まりあの出会い。今年の1月上旬のことでした。 私が銀誓館学園に編入する、半月ほど前のお話でございます。

《序 ある冬の日のこと ・ 終》

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あとがき。
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大変久しぶりのSSです。…あ、初めにおことわりしておきますと、私の言う「SS」は「Short Short」ではなく「Side Story」のほうです。(普通は略し方違うのかな??)
SSといってもまれに偉く長編になることもあるのでご了承下さい。

今回は私と泰花――ご存じない方の為に説明しておきますと、PBW『シルバーレイン』の私のキャラクターです。――の出会いを描いてみました。
現実世界に即して言えば、2009年明けてまもなく行われた高校の学年同窓会で再会した友人に「『シルバーレイン』ていう面白いRPGがあるんだよ〜。」と聞かされたのち、卒業論文を提出し終えて間もなくキャラクター作成をして、土御門・泰花(b58524)と出会うことになったのです。
そこをあれこれと『シルバーレイン』の世界観に即して脚色してみたのがこのお話です。

でも、実は我が家が武田信玄の家臣の血筋と斉藤道三の家系に連なるのは、祖母の話によると事実っぽいのです。我ながら吃驚!
ただし、第二次世界大戦中に一切の家財を消失しているので証明できるものが残ってないらしいんですよね……。
そうは言っても、架空の物語の設定として利用するにはおいしい(?)話なので採用しちゃいました。

このお話に「序」とつけているので、時間があれば続きに該当するものを書こうと思っています。
もしも続きが出来たらまた泰花に送っておきますので、きっと彼女のブログでも読めることでしょう。
来月(3月)は私の下宿撤退と大学卒業式、入社前研修と内容がてんこ盛りなので、書けるとしたら今月中かなぁ〜??

では、また次の作品でお会いできることを祈りつつ。
執筆後は糖分が欲しくなる食いしん坊 月城まりあ でした♪

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